こんにちは、クレアです♪
みなさんはこのままでいいのだろうか、何かをしておいた方がいいのではないかと焦る気持ちを感じたことはありませんか。
私はよく人と比べたり、素敵な人を見つける度にそんな気持ちになってしまうところがありました。
そんな気持ちをなんとかしたくて、ひたすら本を読んだり、自分の気持ちを書き出していました。
そこでやっとわたしはわたしでいい、今を全力で生きていればそれでいいと思えるようになりました。
等身大の自分でいいと思えるようになったら、なにもかもが楽になって、いまを楽しめるようになりました。
みなさまの中にもこのままの自分でいいのかなと思ってる方がいらっしゃいましたら気づきになることがあるかもしれないです。
わたしはわたし
そもそもこのままのわたしでなぜいけないのかと思った時に、何者かになろうとしている自分に気がつきました。
わたしは一体何者になろうとしていたのでしょう。仕事も育児もそつなく楽しめて、毎日充実している完璧ウーマンでしょうか。
収入も文句なく安定していて、好きなことばかりの毎日で不満のない素敵ウーマンでしょうか。
そうかもしれません。気づかないうちに今よりもっともっと充実した何かがあるのかもしれないと、正解があるのかもしれないと未来への期待や憧れが首をしめていました。
いま目の前のことを楽しめていればそれでいいのに、何かになろうとして頭は先のことばかり考えて勝手に窮屈な生き方をしていたように思います。
正しい道なんてないのに、踏み外してないか、間違ったことをしているのではないかと勝手に不安になっていました。
わたしはわたしです。
私の生き方をせばめる期待や憧れは捨てることにしました。素敵だな、いいなの気持ちは大切にしてますが、それで苦しくなるのは違うと思いました。
そして正しさの先に何かがあるのではなく、いまの自分のまま生きることそれ自体が正しさ(楽しさ)なのではないかと思うようになりました。
過去は過去
それからもう一つ、私を焦らせる気持ちにするのは過去をまだ認められていないからではないかと気付きました。
あの時あれをしていればなど、過去のことを後悔したままだったり、失敗だと思っている間はいまのままでいいと心から思えないのかもしれません。
もしかしたらまた同じようになるのではないかとか、何か最適解があるのではないかと人間の危機管理能力が働くのかなと思います。
ただ一つ確かなことは、過去は変えられないということです。そしてもう一つ確かなことは、過去に対する自分の解釈は変えられることです。
今までのことを後悔して失敗だったと思うのか、あれはあれでいい勉強になってある意味成功だったと思うのか。
いろいろあったけど、それがいまの自分を作っているわけです。昨日よりも今日は、きっと何かを学んでいるはずです。
それに、それが正解だったかどうかは何を基準にするかによっても変わってきます。あとになってみたら全て必要なことなのです。
何かを学んだ分、いまのわたしは過去のわたしの中でいちばん最高の状態にあります。そう思うと過去に感謝して、いまを精一杯生きるしかないと思えてきませんか。
何者かになろうとせず、過去に束縛されず、いまのわたしでそのまま感じたことを味わって、思ったことを楽しむ。
ちゃんとその時その時の感情や考えを捉えられていれば、他に足がついた状態で幸せ探し迷子にならずに済んでいます。
そして思います。今までのことがあったからこそ、あぷちぃに出会え、娘にも出会えたいまがあると。
正解探しばかりして、迷いながらモヤモヤいるよりもこれでいいのだ、目の前のことを楽しむのだ、といまを受け止める方が自分を肯定できています。
変化はあっちからやってくる
いまを一生懸命生きていたら、チャンスや縁はその中でめぐってくる気がしています。
きっと自分のその生き方が引き寄せるのかもしれません。過去や未来にとらわれず、フラットな気持ちでものごとを捉えることはすごく新鮮です。
子供は常にそうです。どうせいつもと同じでしょではなく、本当はいつもいつも違うことが起こっているのです。
ついつい偏見や思い込みで現実を見てしまいますが、子供のように新しい感覚でいまを楽しみたいですね。
焦らずに肩の力を抜いていきたいです〜
Editor by クレア